2/28〜3/28まで
 
 
 利休は泉州堺の人で、茶を紹オウ(區+鳥)に学びそれまでの茶の湯を総合大成させ茶道の礎を定めました。信長、次いで秀吉に仕えましたが天正19年(1551)秀吉の命により70歳をもって自刃することになります。 
 現在の茶道は全て利休の流れをくんでいますから、利休忌は それぞれに営まれます。(回向の日にちは異なる)
 その際には菜種の花を供えるのが通例です。これは死に臨む利休が最後に目にしたのが菜種であった、とか灯火のもとであった菜種油に感謝する付供養である、など諸説ありますが、いずれにしてもこの回向を終える迄は千家の茶人達は菜種を飾ることをしないのを習わしとしています。  
(京の都より大阪堺の自宅に戻る際、伏見の淀の渡しより古田織部・細川三斎の二者に見送られ淀川を下りました、淀川の河原に一面に菜の花が咲いておりました風景を再現をしてみました。)
 
滴翠庵 翠峰にて利休忌の一服を・・・

特別に仕立てた饅頭・駿河の春をご用意してお待ちしております。
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